Your Farm

“あなたの農園 ”

私たちの“あなたの農園”には、「家族の命を育む食づくりを行う」だけでなく、「健康で安心で き、自然と調和した社会をともに作っていきたい」という思いが込められています。
生産現場では、直営生産だけではなく提携する農家の方々も重要な役割を果たしています。
個人のもつ良さを活かしつつ、規模の小さい農家では困難な加工・開発・販売などの分野を、秋川牧園 がネットワークのセンターとして機能分担しています。
また消費者のみなさまに向けては、健康な食べ方提案などのテーマにも取り組んでいます。
生産から加工、そして消費。
“あなたの農園”から“あなたの食卓”に届くまで。私たち秋川牧園はそのすべてを全力でサポートします。

秋川牧園の想い

Akikawa Story

むかしむかし、あるところに

むかしむかし、あるところに、とってもすてきな農園がありました。

そこにはたくさんのりんごの木があり、きれいな井戸水が引かれ、野菜がつくられていました。
鶏と豚、牛を飼いながら、ワインやパン、チーズもつくる農園でした。

農園の主は、秋川房太郎といいます。今から約90年前、中国の大連でのことでした。

房太郎は言いました。「食をつくる農業者は、人の命を担う責任があるのだから、間違ったものをつくるようなことがあってはいけない。」

では、それから数十年後、高度成長期を迎えた日本の「食べ物づくり」は、いったいどのようなものだったのでしょうか。

公害問題が社会問題に・・・

できあがった食べ物のその先にある食べる人の健康やよろこび、自然との関わりを忘れてしまったかのように、できるだけ安く、できるだけ早く、できるだけたくさんの食べ物をつくることが目指されました。

公害が社会問題になり、さまざまな農薬が使われては禁止され、その毒は無くなることなく食べ物の中に残り、それを食べた動物や人のからだの中に溜まっていきました。

雨で流れた農薬は土や水を汚し、たくさんの昆虫や魚が死にました。

長く保存し、おいしく感じさせるための物質が、食べ物にたっぷりと加えられるようになりました。

秋川牧園の誕生

そんな中、「一羽の鶏、一個の卵から健康で安全なものにしたい」
と立ち上がったのが、房太郎の息子、秋川実でした。

1972年、山口市で「秋川牧園」という名前の小さな養鶏場をスタートさせます。

たくさんの薬品が食べ物づくりに使われていた当時から、秋川牧園では「からだに入る化学物質をいかに減らすか」というテーマに全力で取り組んできました。

卵やお肉の中に残ってしまう農薬を減らすため安全なエサをつくったり、薬を使わずに鶏を育てることにチャレンジしたり、収穫後に農薬をふりかけられていない安全なトウモロコシを求めて、アメリカ中の農園を訪ねたこともあります。

たくさんの研究を重ね、新しい方法をあみ出し、 「難しいこと」や「できないこと」を、ひとつずつ「できること」に変えていったのです。

「とってもすてきな農園」を目指して

創業からおよそ50年、日本の食をめぐる問題は今もまだ山積みです。
けっして安全とは言えない新しい農薬や不自然な作物が生み出され、当たり前のように家庭の食卓に並ぶまでになりました。

いま、秋川牧園が目指すのは、安心・安全な食べ物をただ「つくる」ことではありません。

同じ考えを持ったたくさんの仲間とともに作り手が安心・安全な食べ物をつくり続けることができ、みんながそれを食べ続けることができる仕組みそのものをつくろうとしています。

人の口に入る食べ物が、健康であること。
水や土、動物にやさしいこと。
食べるとおいしくて、幸せな気持ちになること。

秋川牧園はこれからも、房太郎が大連に拓いた、あの「とってもすてきな農園」のように、自然と共生し、食べてくださる人の笑顔と命を育む農業を追求し続けます

食べ物半分、食べ方半分。

Food & Eat

秋川牧園は、生産から加工、そしてその先にある「消費」までを見つめています。
ただ安全な食べ物をつくり続けるだけではなく、
食材の選び方や 栄養に過不足のない食べ方について、
消費者のみなさまに提案し続けています。

むかしむかし、あるところに

あなたやあなたの大切な家族のよりよい人生にとって、何よりの基盤である「健康」。
その「健康」と切っても切れない密接な関係にあるものが、日々口にする「食べ物」です。
そしてもう一つ、忘れてはいけないことがあります。それは「食べ方」の大切さです。

良い食生活は『食べ物半分、食べ方半分』です。安心・安全な本物の食材を選ぶことはあくまで「半分」であり、正しい「食べ方」の 実践なしに健康の持続は難しいのです。

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